TOEICから広がる世界

 以前、趣味でTOEICを受験していると書きました。 

 5月20日に3度目の受験をしたのですが、今回のテストで当面の目標であった900点に到達した手応えがあり、また他に時間を割きたいことができたので、しばらく「趣味TOEIC」を休止しようと思います(わざわざ宣言することでもないですが…)。

 思い返すと、今年の3月11日にテスト形式も知らないまま受験して意外と面白いなと感じ、それからの2か月はかなりの時間をTOEICの勉強に割きました。4月初めに3月のテストの結果が出たのですが、予想以上に点数が高くて、「俺意外と英語できるんじゃね?」と調子に乗ってそれから増々勉強するようになりました。そのときに当面の目標を900点に定めて、ちょうど5月20日のテストで届けばいいなと思いました。そして今回、確信は持てませんが70~80%の確率で到達しているのではという感じです。

 もし実際に900点を超えていたらTOEIC勉強法の記事でも書きます。効果的な勉強の仕方をすれば誰でも900点は取れるようになると思います。それを知らずに苦しんでいる人を助けたい。この勉強法はTOEICに特化したものではなく、英語学習一般に効果的なものでもあると思います。

 

 TOEICの勉強をしていて、思わぬ発見もありました。それは、TOEICは(私にとって)考え方の訓練にもなるということです。

 TOEICの試験はリスニングとリーディングのセクションがあります。リスニングでは問題文は一回しか読まれず、当然ながら録音された音声のペースで次々と問題が出題されていきます。リーディングは問題量が多く、高得点を取る人でも時間内に全問解き切るのは難しいです(逆に言えば全問解き切れなくてもある程度のスピードと正確さで解けば高得点が出ます)。

これらの形式に対応しTOEICで高得点を取るには、切り替えとテキトウさが求められます。切り替えとテキトウさで一つの問題にこだわらずにどんどん次の問題に取り組んでいくことが重要です。というのも、リスニングでは、迷っている問題、確信が持てない問題にこだわっていたら次の問題の音声に集中できず、簡単な問題にすら解答できなくなってしまうことは想像にたやすいと思います。またリーディングにおいても同様に一つの問題にこだわっているとあっという間に時間が無くなり、後半の問題を解けずに終わってしまいます。そこには簡単な問題がいくつも含まれているのにもかかわらずです。つまり一つの紛らわしい問題にこだわっているなら、どんどん先に進んで最後のほうに含まれている簡単な問題をものにした方が高得点が出るということです。

 これらは市販の模試や実際のテストを受けてみればすぐに気がつくことですが、しかし私にとってはこのような姿勢で臨むことがなかなかできませんでした。というのも私は思考の癖として、全か無かの思考をしがちだからです。

 全か無の思考というのは精神病理状態を永続化させる認知の歪みの一つです。この思考が日常生活に及ぼす影響として、たとえば、一つうまくいかないことがあると全てを投げ出そうとしてしまうことがあります。この思考がちょっと形を変えると完璧主義というものになります。私の場合はガチガチの完璧主義ではありませんが、しかしTOEICにおいて目の前の一問を確信をもって回答できるまで精査せずに次の問題に進むということを自然にはできませんでした。目の前の悩ましい一問を確実に得点しようとし、高得点を取るのには非合理なほどの時間をその一問にかけてしまいがちでした。

 上に書いた通り、高得点を取るには悩ましい問題もほどほどの根拠で解答し手早く次に進むことが肝心です。私は模試を繰り返す中でそのように解答しようと意識することで、徐々にそうできるようになりました。そしてそのために必要なテキトウさと心の切り替え、全か無かの思考の反対に位置する考え方を体感することができました。これは有益な経験でした。

 

 さらに、全か無かの思考を持つ私にとってより効果的な訓練がもう一つありました。

 900点を目標に据えた私は、そのためにはリスニングでの間違いを最低でも10問以内できれば5,6問に抑える必要があると設定しました。しかし実際に解いていくと、中盤から終盤に差し掛かることろには確信をもって解答できなかった問題が10問以上出てきます。すると例の思考によって、「これはもう10問以上間違えているだろうから900点に届かない、今回のテストはもう無駄だ」という考えが生じて、集中力が切れてしまいます。特に私は自身2回目の4月8日のテストですでに845点を取っていて、仮にそれより多少点が伸びても900点に届かなければあまり意味がないと捉えていたため、なおさら900点に届かないと感じたときの志気の低下が大きくなりました。

 これは全か無かの思考の典型的なパターンで、模試を解いていてこの思考に至っていることに気がついたときには、こんなに考え方が染みついているんだなぁと思わず笑ってしまいました。

 全か無かの思考から抜け出すために私が現在取ることができる方策は二つあります。一つは不確定的な事象や自分の能力を楽観的に希望をもって捉えること。これはTOEICの場合では、勘やあやふやな根拠で解答した問題が当たっている可能性もあると信じ、目標達成の希望を捨てず取り組むことです。

 二つ目は、全部できなくても、完璧に目標を達成できなくても、それを目指してやった結果や過程に価値を見出すことです。今回の目標900点の場合では、たとえ900点に届かなくても前回よりいい点数を取ることができればそのことに価値を見出すことです。

 この二つの考え方によってなんとか最後まで集中力を切らさずに解き切ろうと取り組むことは、私にとって非常に効果的な訓練でした。全か無かの思考から脱するには、日常生活の中で、それとは異なる思考法を取りその思考に基づいた行動を実践することが効果的だと思うからです。

 以上のようにTOEICは思考法の訓練にもなるとわかったので、しばらくは休止しますが、時間に余裕が出てきたら数か月に一回程度受験するのもありだなと思います。

 

 最後に、私の現在の進路・人生設計的課題の一つに、「選択肢をひたすら広げる」というものがあります。私は社会に出るまでおそらくあと2,3年の猶予があるので、その間にどのような道に進みたいか、どのような働き方・生き方をしたいかをじっくり考えようと思っています。この猶予期間のうち、現在をとにかくいろいろな選択肢を挙げてみる時期だと私は位置付けています。少しでも「面白そうだな」とか「好きかもしれないな」と感じる物事、働き方・生き方を挙げて、そこから自分の嗜好を見つけ出したり、それらを組み合わせた働き方・生き方を模索したりする時期です。そして猶予期間が終わりに近づくにつれて選択肢を絞っていき、最終的に満足のいく形で社会に出られればいいなと思っています。

 今回TOEICを受け、自分が思いのほか高得点を取れるとわかったことで、「海外(英語圏)」という選択肢が増えました。実際に海外で生活したり働いたりするのか、あるいはただ旅行するだけなのか、あるいは日本国内で外国人と関わるのか、どのような形になるのかはわかりませんが、とにかく海外に関わる選択肢ができました。人生の選択肢が多いことはそれだけで武器だと思います。TOEICを受験することで一つ選択肢が増えたこと、選択肢に気がつけたこと、これも自分にとって大きなメリットでした。

 軽い気持ちで受け始めたTOEICでしたが、予想以上に私の世界を広げてくれました。ありがとうTOEIC

 

筑波山登山

先日所用で東京へ行ったので、ついでに筑波山を登ってきました。

筑波山(つくばさん)は日本関東地方東部、茨城県つくば市北端にある標高877mの。西側の男体山(標高871m)と東側の女体山(標高877m)からなる。

富士山と対比して「西に富士、東に筑波」と称される[2]茨城県の県西地方からの眺めが美しいとされる[3]。全域が水郷筑波国定公園に指定された保護エリアであり、中腹から山頂付近は特別保護地区(自然公園法)に指定され筑波山神社境内地であり、古くから樹木および木竹以外の植物の損傷・植栽、動植物の捕獲・採取等が禁止され神域として保全されており火器の無許可使用、リード無しのペット散歩等の行為も禁止されている(その他は御神橋の横にある定書参照)。万葉集にも詠まれ[2]日本百名山日本百景の一つとされる。」(wikipediaより)

 

 登山口へは筑波エキスプレスのつくば駅からバスでアプローチ。「筑波山神社入口」というバス停が御幸ヶ原コースと白雲橋コースの入り口近くにあります。

 バス停もけっこう高いところにあり、いい眺めです。

f:id:ktksm:20180425095111j:plain

 

 今回は白雲橋コースから登り女体山頂、男体山頂を経由して御幸ヶ原コース(下地図ケーブルカー沿いのコース)で下りました。

f:id:ktksm:20180425100218p:plain

 

 登山口にもなっている筑波山神社から女体山頂を望む。

f:id:ktksm:20180425095120j:plain

 さぁいくぞ!

 白雲橋コースはとても歩きやすい道。

f:id:ktksm:20180425095140j:plain

 登山装備を持っていない観光客もけっこう登っていて、さすが観光名所といったところ。

 しばらく登っていると大きな岩がたくさん出現します。

f:id:ktksm:20180425095207j:plain

 これは「弁慶七戻り」という岩の門で、上の岩が落ちてきそうで弁慶も七戻したと言われるもの。たしかに怖い・・・

 80分ほど登って女体山頂にとうちゃこ!

f:id:ktksm:20180425095225j:plain

 山頂からは関東平野を一望できます。

f:id:ktksm:20180425095237j:plain

 霞んでなかったら富士山も見えるのかな?

 さぁ続いて男体山へ向かいます。女体山からちょっと下ると、平らなところへ出ました。ケーブルカーの山頂駅や飲食店があります。

f:id:ktksm:20180425095248j:plain

 平日でしたが観光客・登山者で賑わっていました。正面に見えるのが男体山

 ここから男体山へは10分ほどで着。

f:id:ktksm:20180425095256j:plain

 こちらは女体山ほどの展望はありませんでした。

 この後山頂駅の平らなところで昼食を食べて下山しました。

f:id:ktksm:20180425095307j:plain

 

 さて、今回の山行データ

f:id:ktksm:20180425103035p:plain

f:id:ktksm:20180425103040p:plain

f:id:ktksm:20180425103045p:plain

 

 今回は久しぶりの登山で体力の低下を実感しましたが、夏山登山シーズンに向けてこれから少しづつ身体をつくっていきたいです。

 筑波山は標高があまり高くなく簡単にアプローチできるためか、上にも書いたように登山装備を持っていない観光客もけっこう登っていました。しかし登山道は道のりが短いとはいえ本格的な山と変わりなく、濡れて滑りやすいところも多かったので、それなりに準備をして登った方が良いと思いました。

 それはともかく、筑波山、登山初心者も登れるようないい山でした。また登りに行きたいな。

TOEIC

 最近趣味でTOEICを受けています。趣味と言うと奇妙に思われるかもしれませんが、勉強してその結果が点数に反映されるのがなかなか楽しいのです。この練習・上達の過程を楽しむというのは、多くの趣味に共通した楽しさの一つではないでしょうか。たとえば、私の趣味の一つである将棋では、「もっと強くなりたい」「大会で勝ちたい」「プロの将棋を理解できるようになりたい」という動機で様々な勉強(修行・練習・訓練とも言える)を積みます。これと「TOEICで点数を取れるようになりたい」という動機でTOEICの勉強をするのは同じ構造だと思います。また将棋という趣味が、同じく将棋を趣味とする人とその話題で延々と語り合えるように、TOEICにおいても頻繁に試験を受けている人と(その人がTOEICを趣味と捉えているかは別として)TOEICについて延々と語り合えます。そう考えるとTOEICを一つの趣味と位置付けても奇妙ではないように思います。

 ところでおわかりのように、TOEICを趣味と位置付けると、より包括的な趣味「英語」が存在することになります。この英語学習という趣味の構造を上と同様に考えると、「もっと英語を読み聞き話し書けるようになりたい」という動機で英語の勉強をするというものだと思います。

 趣味TOEICと比べると趣味英語はその動機がはるかに多様であると思います。上では「英語を読み聞き話し書けるようになりたい」という一文にまとめましたが、より正確に、より具体的に書けば「外国人と話したい」「興味のある英文記事を読みたい」「洋画を字幕なしで見たい」「言語学的観点から英語に興味がある」など、無数の動機が存在します。それに対して趣味TOEICの動機には「TOEICで高得点を取りたい」か「勉強→点数アップのプロセスが好き」くらいしか動機がありません(少なくとも私にはそれくらいしか思いつかない)。

 このように対比したうえで、なお英語学習が趣味なのではなくTOEICが趣味なのだと言うと、やっぱり少し奇妙かもしれません。なんでそんな狭い分野が好きなんだ、つまるところ英語学習が好きなんじゃないか、と。しかし、やはり違うのです。私は(少なくとも今は)英語学習ではなくTOEICが好きなのです。

 ではなぜ英語ではなくTOEICが好きなのかと考えてみると(こんなこと考える意味があるのかはわかりませんが)、やはり冒頭に書いたように、TOEICで高得点を取りたいという動機があり、勉強の成果が得点に反映されるプロセスが好きだからなのだと思います。それに対して英語学習ついては強い動機がありません。外国人と話したり英文記事を読んだりできたらいいなとは思いますが、それほど強い思いではありませんし、どうせそのうち優秀な自動翻訳機、自動通訳機が市販されるでしょという感じです。

 以上からお察しのとおり、私は英語学習とTOEICの勉強は別物と割り切っているところがあります。そのため、巷でよく言われる「TOEICの点数は高いけど英語を使えない人」になっても構いません。TOEICの勉強をしているついでに英語もちょっとは使えるようになればいいなという下心も多少はありますが、基本的に自己満のためにやっています。ですからTOEICの点数でもって英語が使えるということをアピールしようという気もさらさらありません。もしその点数を利用するとしたらただその点数だけが求められるところででしょうね。いまだにそんな古い世界があるのかは知りませんが。

 ここまで趣味TOEICおよびその周辺について書いてきましたが、これらはすべてあくまで現時点の私のスタンスです。私の心は変わりやすいので、一週間後には「TOEICなんて狭い世界は出よー、やっぱり英語学習楽しー、外国人と話してー、自動通訳機なんて待ってらんねー」と言ってるかもしれません。そうなってても優しく見守ってください。

personal matter

久しぶりの更新となってしまいました。
更新が滞った言い訳染みた理由を一応書いておきます。
このブログは登山記と読書記録が主な内容ですが、登山記については、更新が滞っていた期間は夏山しか登れない私は山へ行けず、特に書くことがありませんでした。また読書記録については、「読書メーター」に記録するようになったため、わざわざこちらのブログに書こうという気が起きませんでした。
それ以外では、12月に「2017年面白かった本ランキング」「同映像作品ランキング」なる記事でも書こうかと思っていたのですが、ちょうど年末に開催された大学将棋の全国大会に想定外に参加することになり、その準備・調整に時間の大半を割くことになり、結局書けませんでした。「想定外」と書いたのは、私は(子どものころから将棋が趣味ですが)ここ数年はずっと将棋の大会には参加しておらず件の大会にも参加しないつもりでいたのが、どうしたことか直前に心変わりが起こって参加したからです。(なお、この大会は団体戦ということで、部員たちと一緒に全国優勝を目指して戦い、非常に充実した時間を過ごすことができました。これについてこれ以上書く出すと一万字くらい書き連ねてしまうので、ここでは「興味のある方は弊大学将棋部のホームページにある日記を読んでください」と、リンクすら貼らない不親切な案内をするに留めておきます。)

こういうわけでしばらく更新していなかったのですが、その間も特に変わりなく生活していました。と近況報告したところでほとんどの方は私に興味などないと思いますが、今記事ではさらに私自身のことについて書いていきたいと思います。

突然ですが、私は現在精神的な障害を抱えています。具体的には社交不安障害あるいは対人恐怖症と言われるものです。
社交不安障害は、生活の中のある状況(広義の対人関係)に対して強い不安を感じ、その状況に陥ることが予想されるとそれを避けようとし、あるいはその状況に陥った場合には身体的な変化が起こる、というものです。対人恐怖症は、「対人場面で不当な不安や緊張が生じて、嫌がられるとか、不快感を与えるのではと考え、対人関係から身を引こうとする神経症の一種(wikipediaより)」です。
二つの障害が似ていることもあり、私はこの両方の症状が見られます。不安障害的な症状では、決まって強い不安を感じる状況が2,3あり、たいていはその状況を避けようとし、もしその状況に身を置いた場合には大量の発汗と動悸が起こります。対人恐怖的な症状では、日常生活の様々な場面・何気ない場面で「恥」や「後ろめたさ」、「自分はここに居てはいけない」というようなものを感じ、やはり発汗と動悸が起こります。おそらく、人に対する「恐怖」が私の深い部分にかなり前から形成されていて(10歳ころから現在に至るまで形成され続けている)、ここ7,8年間の生活・環境・人間関係の変遷を経るうちに、その恐怖が障害という形で表に出るようになったのだと思います。
私は障害を抱えていることも含め今の自分を受け入れることができておらず(そもそも自分を受け入れることができていれば精神障害も抱えないでしょう)、それによる自分の中での対立から孤独感や絶望感をときどき感じます。また、私の場合は認知の歪みが障害の一因となっていて、その思考の歪みは鬱病につながるものでもあります。ちょっとしたことがきっかけで歪んだ(非合理的な・不公平な)思考をして、かなり落ち込んでしまうこともよくあります。幸いにも今は自分の障害を知っているので「あ、いま歪んでるな」と認識することができるようになってきていて、なんとか客観的に考えようと努めることができますが。。。
私は日常生活の些細な場面(他の多くの人はなんともなく過ごすことができているように私には見える場面)に対し不安や恐怖を感じるので、それなりの生活しづらさを感じています。そもそも自分が障害を抱えていると知ったのも、生活しづらさが許容範囲を超え、臨床心理士の資格を持つ友人に相談したからでした。そして友人から障害を抱えていることを教えてもらい自分が病気なのだと気づいたことで、治療を開始することができました。それまでなぜかわからないけど苦しかったものが、苦しみのもとと、それを治療できるということがわかったため、多少の希望を持つことができました。昨夏のことです。現在は学内のカウンセリングルームに週に一回通い、普段考えていること感じたことなどを話して、自分の考え方・思考を見つめなおしているところです。

ここまで、私の精神障害とそれについて私が現在認識していることを書いてみました。なぜ急にこんな個人的なことを書こうと思ったのかはわかりません。ただ親しい人には知っておいてほしいという気持ちはあります。
文字にしてみると、頭の中では漠然と大きな問題のように感じていたものの輪郭が、はっきりとしますよね。もしかすると今後精神的なことに関する記事を書いていくかもしれません。

紅葉の火打山登山(2017年10月11日)

 10月11日に火打山に登ってきました。先日の谷川岳に続いて今回も紅葉が目当て。

 相変わらずペーパードライバーの私は登山口まで公共交通機関でアクセスします。火打山のメイン登山口は笹ヶ峰ですが、そこへはバスが通っています。

f:id:ktksm:20171012131507j:plain

 時刻表によると行きは8時10分に笹ヶ峰着、帰りは16時ちょうどに笹ヶ峰発です。笹ヶ峰~火打ピストンのコースタイムはヤマップによると9時間50分。これをなんとか8時間弱で乗り切る必要があります。

 夏の間に巻機山登山などで自分がどれだけコースタイムを縮められるか調べていて、今回は行けると判断してこのプランを実行しました。とはいえ、もちろん時間が足りなくなったら山頂を前にして引き返さなくてはいけません。今回は時間との戦いでした。 

 さぁ、当日朝、バスで笹ヶ峰到着。

f:id:ktksm:20171012132721j:plain

 笹ヶ峰には子供のころ夏によくキャンプをしに来ていたのですが、秋に来たのはおそらく初めてでした。久しぶりに訪れて驚いたのが紅葉の美しさ。

f:id:ktksm:20171012133200j:plain

 私の写真では伝わらないと思いますが、なんというか散らかっていないというか、それでいてとても色鮮やかでした。今まで見たことのない類の紅葉で、感動。

 時間があれば笹ヶ峰散策もしたいところでしたが、今回は上に書いたように時間との戦いなので、後ろ髪を引かれる思いで出発。

f:id:ktksm:20171012132730j:plain

 この登山口、いいですよね。門になっていて、さぁ行くぞ、という気持ちになります。

 登山口から標高2000mちょいの富士見平付近まで紅葉が見ごろでした。

f:id:ktksm:20171012132740j:plain

 黒沢橋もこの絶景。

 北アルプスが見える地点も所々にあり、紅葉とのコントラストがまた美しい。

f:id:ktksm:20171012132741j:plain

 登山口~富士見平間は十二曲がりという急登があり、火打登山で最もきついところだと思います。その区間を美しい紅葉に囲まれて歩くことができるこの季節、火打登山おススメです。

 富士見平を超えると傾斜がだいぶ緩やかになります。そして木々が少なくなり目指すべき火打が現れます。

f:id:ktksm:20171012132757j:plain

 中央の一番高いのが火打。その左が影火打で、さらにその左のおにぎりみたいな山が焼山ですね。

 しばらく歩くと高谷池に到着します。

f:id:ktksm:20171012132806j:plain

 ここまで登るともう紅葉は終わっていましたが、それでも山の池は美しいものです。

 高谷池を過ぎ次は天狗の庭へと向かいます。その途中火打が顔を出します。

f:id:ktksm:20171012132811j:plain

 なんとなくラスボス感・・・

 天狗の庭からは火打の景観が素晴らしいです。f:id:ktksm:20171012132837j:plain

 これまた私の写真では伝わらないのですが、是非実物を見に行ってほしい絶景でした。

 高谷池から天狗の庭までほとんど高低差がなく、天空の楽園という感じでしたが、天狗の庭を過ぎると最後の登りが待っています。

f:id:ktksm:20171012132817j:plain

 この最後の登り、なかなかきついです。富士見平までの急登で脚に溜まっていた疲労がドッと響いてきます。さらに空気の薄さの影響も出始め、息も切れ切れ。楽してピークは踏めませんね。

 それでも好天、絶景の中を歩けばキツさも気持ちいい。とうちゃこ~!

f:id:ktksm:20171012132820j:plain

 私が山頂に滞在していた間はちょうどガスが出てきていて、あまり周囲を見渡せませんでした。しかしこの時すでにまた登ることを決心するほど見どころが多く素晴らしい山だったので、見通しの悪さも気になりませんでした。

 かろうじて見えた焼山方面。

f:id:ktksm:20171012132824j:plain

 雲の中には雨飾山などがあるらしい。その展望はまた次回のお楽しみ。

 さて、今回の登山は時間との戦いだったのでした。山頂に到着したのは12時過ぎ、出発から3時間40分ほど経っていました。山頂で40分ほど昼食休憩し、13時前に下山開始、16時のバスまで3時間ちょっとという状況でした。登りのペースは悪くなく、この調子で下山すれば間に合いそうです。ある程度余裕を持って下り始めました。

 ちょっと下ったところで妙高山が見えました。

f:id:ktksm:20171012132831j:plain

 火打とセットで登られることが多い妙高山。私は今夏に登り厳しい登山になりましたが、またいつか登ってみたいな。

 余裕をもって下山開始したものの、思わぬアクシデントが発生します。日差しがめちゃくちゃ強くて、脱水症状気味になってしまいました。山頂で話したおじさんが、この時期にこんなに日差しが強くて暑いのは異常だと言っていたのですが、まさか如実に症状が現れるとは。しかもこの日に限って帽子を忘れてきていて、直射日光が厳しい。頭がクラクラしてきます。

 休憩したかったのですが、時間にそれほど余裕がないので歩きながら対処しました(毎回言ってる気がするけど、やっぱり時間に余裕がある登山にしないとだめですね)。水分を取りまくり、糖分や塩分も取り、頭にタオルを巻いて直射日光を防ぎました。その甲斐あってか徐々にクラクラが和らぎ、症状が消えていきました。

 今回の登山では合計2.6Lの水分を取りました。夏でもないのに一度の山行では恐らくこれまでで最多量、ちょうど持ってきていた全ての水分でした。登山前に500mLの水を持って行くか否かかなり迷い、結局持って行ったのですが、そうして本当に良かった。もし最後の500mLが無かったらどうなっていたか。

 脱水症状を乗り越えてからは比較的順調に下ることができました。脚に相当疲労がきていましたが、なんとか耐え。富士見平から先はやはり紅葉に癒されました。

f:id:ktksm:20171012132843j:plain

 いや~本当にきれいで、登山口付近を散策するだけでも十分楽しめる道です。

 最後は紅葉の中をルンルンで歩き下山完了。結局バス発車の15分ほど前でした。

 さて、今回のヤマップ記録。

f:id:ktksm:20171012185313p:plain

f:id:ktksm:20171012185321p:plain

f:id:ktksm:20171012185327p:plain

 累積標高上り下りがバグってヒマラヤ級になってますね。実際には2000mほどだと思います。

 活動距離16.9kmは日帰り登山としてはかなり長い方だと思います。実際登っているときもその道のりの長さを感じました。しかも高谷池と天狗の庭という天空の楽園を挟んで2回の登りあるので、登り応えがあります。しかしその分いろいろな表情の火打を見ることができました。そして高谷池と天狗の庭の景観は素晴らしかったです。見どころが非常に多い山だと思いました。

 今回の帰省では谷川岳火打山に登ることができました。両日とも天候に恵まれ素晴らしい紅葉を楽しむことができました。紅葉期の登山はこれが初めてだったのですが、私は夏よりもこの時期の方が好きかもしれません。夏も秋もそれぞれ美しさ良さがありますが、秋の方が涼しいですから、その点は確実に夏よりも好きです(今回は季節外れの暑さにやられてしまいましたが、それでも真夏よりはマシだったでしょう)。

 今年は春夏秋と山に登ってきて、雪山に登らない私の登山シーズンは残りわずかとなりました。残りのシーズンは雪が降るまで関西の山をちょこちょこ登ろうと思います。こちらの山はこれからが紅葉の見頃です。味わい尽くしたいです。