藤井聡太四段ついにデビューから20連勝

今回は藤井聡太四段について書きます。以前一度このブログで、将棋をあまり知らない人でもわかるように藤井聡太四段の話題性・強さの秘密を取り上げました。

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 上の記事を書いたのは5月19日、この時点でデビューから18連勝中でした。それから約2週間たちましたが、いまだ負け知らず、デビューからの連勝は ついに20へ到達しました。いやはや、恐ろしいです。

 19勝目の相手は近藤誠也五段、竜王戦ランキング戦6組決勝戦でした。これに勝った方が本戦トーナメントに駒を進めることができるという大一番でした。

 もはや藤井四段の対局となると、藤井四段に注目が集まりすぎて対戦相手が軽視されがちですが、近藤五段も一般的には天才です。昨年は若干二十歳にして王将戦で予選を勝ち抜き挑戦者決定リーグに進出し、そこで羽生善治三冠に勝つなどの活躍をしました。最も有望な若手の一人で、将来タイトルを獲ることが確実視されています。ちなみに私は中学生の時に当時小学生の近藤五段と対局したことがありますが、コテンパンにされました。この子は将来絶対プロ棋士になると思った記憶があります。

 この近藤―藤井戦、プロ棋士の前評判では近藤ノリの方が多かったようです。いくら藤井四段が規格外とはいえ、近藤五段の実力を考えると、私にもこれはかなり妥当な予想だと思えました、、、そう、対局が始まるまでは。

 ふたを開けてみると、藤井四段が一方的に攻め潰して勝ちました。藤井四段が良くなってからは本当に一方的でした。思うに、近藤五段は異常とも言える報道陣の多さ、注目度の高さ、その雰囲気にのまれてしまったようです。全く力が出せていない印象でした。一方の藤井四段は、そのような雰囲気にもうすっかり慣れてしまったのか、それとも元から気にならないタイプなのかわかりませんが、いつも通り指していたように思います。藤井四段と戦うには、盤外の雰囲気とも戦わなければいけない状況になっています。

 いずれにせよ、プロ棋士の前評判をひっくり返して圧勝した藤井四段、将棋ファンの感想は「強いとはわかっていたけど、まさか勝つとは、いや桁違いなんだからそりゃ勝つよなぁ、いやいやしかしまさかなぁ、まぁでもそりゃそうか」という感じでしょうか。「まさか」と「やっぱりな」が混在しているように思います。そしてこれからどんどん「やっぱり」「当然」が増えていくのでしょう。

 20勝目の相手は澤田真吾六段、棋王戦予選の決勝戦で、これも勝った方が挑戦者決定トーナメントに進出できる大一番でした。

 例によって澤田六段も天才です。近藤五段にせよ澤田六段にせよ、予選決勝まで勝ち残るのは活きの良い若手が多いのですね。澤田六段は現在25歳でこれまでに数々の棋戦で好成績を残してきた若手の有望株、もはやいつタイトルに挑戦してもおかしくない実力者です。恐らく藤井四段のこれまでの公式戦20戦の相手の中でも1,2を争う強敵でしょう。ちなみに、私は澤田六段と同世代ですが、彼が天才ゆえに早くプロの世界に入ってしまったため、対局する機会はありませんでした。残念。

 藤井—澤田戦は大熱戦になりました。この将棋については後で別記事で書いてみたいと思います。結果だけ言うと、藤井四段が絶体絶命の局面を耐えて逆転勝ち。実力者澤田六段がさすがの指し回しで勝ちの目前に迫りましたが、藤井四段の怪しい追い上げに対して最後の最後で間違えてしまったようです。私としては、藤井四段が負けの局面を初めて見て、やっと彼の底が見えてきた気がして、少しホッとしました。きっとこれからまだまだ底は深まるのでしょうが・・・

 さて、この二局に勝ったことで、藤井四段のデビューからの連勝は20連勝に。これまでの「デビューからの」連勝記録である10連勝を大幅に更新していることはすでに忘れ去られ、「デビューから」という条件を含まない連勝記録28連勝にどこまで迫れるかばかりが注目されています。ちなみに20連勝は歴代6位の長さ。一つ上には3人が3位タイで並んでいて、22連勝です。

 また、藤井四段は竜王戦棋王戦の二棋戦で本戦トーナメントに進出することになりました。これでトップ棋士との対局がさらに増え、そこでどういう将棋を指すのか、非常に楽しみになりました。さらに、本戦トーナメントで優勝すれば、タイトル挑戦ですからね、そちらも楽しみです。ちなみに最年少タイトル挑戦記録は屋敷伸之九段の17歳、最年少タイトル獲得記録はこれまた屋敷九段の18歳6か月です。

 正直、私はこの最年少タイトル挑戦・獲得記録は、ずっと破られないだろうと思っていました。というのも、将棋史を見てみると、羽生三冠が出てきたあたりから将棋がどんどん洗練されて、まさしく序盤中盤終盤隙のない棋士が増えたからです。現記録保持者の屋敷九段も、羽生三冠と同じころ、ちょうど将棋の変わり目に出てきた天才少年でした。羽生三冠や屋敷九段を含む新世代が技術面でも記録面でも将棋をどんどん塗り変えていったわけです(ちなみに羽生三冠の初タイトル獲得は19歳)。そのような隙のない棋士たちに10代もそこそこで対峙し、タイトルを獲得するなんて不可能に思えました。

 そこに藤井四段です。若干14歳でこの隙のなさ、そして伸びしろ。本当に末恐ろしい棋士です。最年少タイトル挑戦・獲得記録を更新する可能性もかなり高いと思います。これからも目が離せません。

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丹沢山登山(5月28日)

 先週末に所用で東京に行ってきました。せっかくだから関東の山に登りたいと思い、滞在最終日を登山の日にしました。どの山に登るかちょっと迷いましたが、あまり知らないのでとりあえず百名山に絞り、さらに都内からと京都への交通の便を考え、丹沢に決めました。

丹沢山(たんざわさん・たんざわやま)は丹沢山地丹沢主脈にある標高1,567mの山。 神奈川県相模原市緑区愛甲郡清川村足柄上郡山北町の境界に位置し、周辺の山々と共に丹沢大山国定公園に指定されている。元々、丹沢山とは丹沢中央部に連なる山々の総称であったが、明治時代の測量時に当山に一等三角点が設置され、その仮称として丹沢山と名付けられたのがそのまま現在へと至り、一峰の山名となっている。しかし、深田久弥日本百名山に選んだ丹沢山とはこの山塊中の一峰ではなく、丹沢中央部に連なる山々の総称であるとされている。」(Wikipediaより)

 

 5月28日、朝5時半過ぎ、都内ホステルをチェックアウト、電車で渋沢駅へ。7時半頃渋沢駅着、駅前でバスに乗り換え8時前大倉登山口着。大倉は最もメジャーな登山口らしい。

 丹沢のことはよく知りませんでしたが、登山クラスタの方々のツイートを見て、都内からアクセスしやすい身近な山という印象を持っていました。今回実際に登ってみたところ、その印象のとおりでした。渋沢駅に近づくにつれ、電車内の登山者率が増えていき、駅からのバスの乗客の9割以上は登山者。都内から2時間程度、千円程度で登山口まで行けるので、人気なんでしょうね。

 今回のルート。大倉尾根(左)から登り、天神尾根(右)で下りました。

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 事前にコースタイムを見ると、丹沢山まで行けるか時間的に微妙だったので、とりあえず塔ノ岳まで登り、そのときの時間、体調を見て丹沢山まで行くか否か決めようと思っていました(上図の通り結局丹沢山まで行ったのですが)。

 そういう予定で登り始めましたが、今回はどうも足取りが重い。大山登山の時と違って前夜は6時間くらい寝れたし二日酔いでもないのに。

 原因はたぶんわかっています。第一に荷物が重かったこと。今回、東京滞在の荷物全てをキトラに入れて登ったのでした。登山に関係のない荷物は渋沢駅のロッカーに入れようと思っていたのですが、電車を降りたらド忘れしてしまい・・・本、タブレット、服、小型カバンなど、登山に関係ない荷物が4,5kgはあったと思います。これは地味にキツイ。

 第二に、体温調整に失敗したこと。今回はアンダーウェアの上にパーカーを着て登り始めたのですが、この格好は暑すぎた。尋常じゃない量の汗をかき、体力と水を浪費。しかも、いつも割と汗をかいて登山していたため、今回もいつものことかと思い異常性に気づかず、なかなかパーカーを脱がなかった。結局標高1000mくらいまでパーカーを着たまま登り、このせいで水500mlは余計に消費してしまったと思います。(あとで脱いだパーカーを見たら、汗が乾いて塩で白くなってました汗)

 いやぁ、反省点のない登山はないですね。

 そういうわけで、息ぜえぜえ汗ダラダラ脚パンパンになりながら、なんとか塔ノ岳に登頂。あまりにキツかったので、塔ノ岳までは写真を撮る余裕もほとんどありませんでした。 

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 周りはけっこうガスっていて、あまり先まで見渡せませんでした。

 さて、ここで上記のように丹沢山まで行くか否か決断する必要にせまられました。脚が想定以上にパンパンなのと、残りの水の量が心配で、当初は下山しようかと思いました。しかし幸いにも時間だけは余裕があり、水もなくなりそうだったら小屋で買えば大丈夫かということで、行ってみることに。この決断が正しかったかはわかりません。脚に疲労が蓄積している状態で重い荷物を背負っていると、身体が荷物に振られてしまうので、両脇が崖の細い道を含む丹沢山塔ノ岳間を進むのは危険だったかもしれません。私には正否を判断しかねますが、どういうものなのでしょうか。

 いざ丹沢山へ向かうと、その登山道はとてもいい雰囲気でした。

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 今回の大倉登山口~丹沢山ルートは塔ノ岳から先が良いですね。8,9割の登山者は塔ノ岳まで登ったら大倉に下山するため、その先は一気に登山者が減って静か。鳥のさえずりだけが聞こえる感じ。しかも、塔ノ岳まではほとんどが林道で展望もあまりなく坂道もきついのに対して、塔ノ岳から先は稜線歩きになるので、展望がよく登りもさほど多くない。塔ノ岳で引き返すのはかなりもったいない気がします。私も塔ノ岳までで下山していたら、「丹沢、大したことないな」と思っていたかもしれません。この点では、先まで行ってよかった。

 丹沢山

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  山頂はガスガス

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 さて、腹ごしらえをして塔ノ岳方面へ引き返し。

 ところで、丹沢山から塔ノ岳へ戻る途中、化粧を(登山者のわりに)ばっちりしていて、ウェアもバックパックもあまり見ないタイプのお洒落で可愛い女の子が、汗一つかいていない様子で(俺は汗ダラダラなのに)塔ノ岳方面から登ってきたのですが、彼女はいったい何者だったのでしょう。あれだけの山道を汗一つかかずに歩く裏には、並々ならぬ日々のトレーニングが隠されているのでしょうか。見とれたまま危うく丹沢山へ引き返すところでした。

 ところで、丹沢山から塔ノ岳へ戻る途中、前を歩いていたおじさんが突然木道からそれて植生再生のための立ち入り禁止区域(しかもちょっと行くと崖)にドカドカと入っていったのですが、彼はいったい何者だったのでしょう。調査員でしょうか、それとも美しい花に見とれて魔が差した写真家でしょうか。いずれにしても滑落しそうで危険・・・

 ところで、丹沢山から塔ノ岳へ戻る途中、スーツのような格好のキレイ目系男子が颯爽とこれまた汗一つかいていない様子で追い越していったのですが、彼はいったい何者だったのでしょう。あれだけの山道をキレイ目系な服装で歩ける発汗量の少なさには、並々(以下略。私ももっと汗少なく歩けるようになりたいなぁ。

  塔ノ岳に到着し、いよいよ本格的に下山。下山ルートを登りと同じ大倉尾根にするか、天神尾根に行ってみるか迷いました。このとき私はかなり膝にキテいました。それで膝への負担が少ない方を選んでみることにしました。それで地形図を見てみると、天神尾根ルートは下りはじめはめちゃくちゃ急だけど、そこさえ過ぎればあとはなだらかな道が続いていそう。一方大倉尾根はずっと同じくらいの傾斜が続いていそうで、実際登ってきたときにもそう感じました。大倉尾根を登ってきたときに傾斜がけっこうキツイ印象があり、これをずっと下るなら、天神尾根の最初の超傾斜を耐え、その後のなだらかな道を歩いた方が楽なのではないかと思いました。そういうわけで天神尾根から下ることにしました。

 いざ、天神尾根へ行ってみると、思ってたのと違う!すごい急!想像以上に急!そして整備されていない!階段とかがあっても崩れていたり一段が90cmくらいあったり!そして人がいない!尾根を下るまで人一人たりとも見なかった!だから熊が出そうで怖い!

 本来、山歩きとはこういうものなのかもしれません。今まで私が歩いてきた登山道は甘ちゃん観光ルートで、本来はあらゆる危険と隣り合わせの道なき道を行く。それが山歩きなのかもしれません。しかし私にはその山歩きをする覚悟はないな・・・

 そういうわけでガクブルしながら必死に下る。もちろん写真を撮る余裕もなかったので写真はありません。

 一時間ほど下ったでしょうか、河原のキャンプ場に出て人影を見つけ一安心。

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 この後は車も通れるような道をひたすら下る。

 登山口&バス停近くまで来ると、巨大吊り橋が出現。

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 これを渡ってバス停へ~

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 吊り橋の上から

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 大倉には自然公園やスポーツ施設、キャンプ場などがあり、登山者以外にも多くの人が楽しめる場所なんですね。

 天神尾根ルートから下りましたが、大倉尾根とどちらが膝に優しかったかは結局不明です(そりゃそうだ)。昨年からずっと膝痛に悩んでいた過程で、膝痛の状態や対処法がだいぶわかってきたのですが、一晩明けてみての今の感覚としてはそれほど悪くないです。明日か明後日に軽く運動してみて、骨に痛みがなければ(痛みがあるとしても靭帯だけならば)問題なしです。

 さて、今回の活動記録。

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 なんか、途中経過がとても詳しく記録されているのですが、これは人気の丹沢だからですかね。それとも単に標識となる山小屋が多いから?

 消費カロリー4399kcalはかつてない数字。たしかに登山中あまり食欲がわかない私が珍しくたくさん食べたし、活動距離20km、累積上り2400m越えもしてるし、たくさん消費したのだろう。

 今回の登山で一番感じたのは、山友が欲しいなということ。そうすれば判断を迫られる場面で自分以外の人の意見を聞けるし、天神尾根みたいな道でも心細くないし、話しながら歩けば熊に出会う危険性も激減する。なにより楽しそう。もちろん、複数人だからこそ危険なプランに突っ込んでしまうという危険性もあり得るし、自由に行動できない不便性もあると思いますが。ただ、これまでほとんど一人で登っているので、誰かと一緒に登るという経験をもっとしてみたいです。

 丹沢、上記のように、塔ノ岳から先の稜線歩きが特に良かったです。丹沢山地には多くの山が連なっていますが、他の稜線も同様に素晴らしいのでしょうか。また行く機会があれば、いろいろなルートを歩いてみたいです。

藤井聡太四段について~なぜこれほどまで話題になったのか、強さの秘密はどこにあるのか~

 今回は、いま世間で話題となっている将棋のプロ棋士藤井聡太四段について書きたいと思います。

 実は私は将棋が趣味でして、かつてはかなりのめり込んでいました。あまりにのめり込みすぎて一時期は生活が崩壊してしまっていたので、ここ数年は自分が指すのは自重して、時々プロの将棋を観戦しながら楽しんでいます。すっかり「観る将」となった私ですが、今観戦するのが楽しい棋士がいます。そう、藤井聡太四段です。(このブログでは将棋のことは書かないでおこうと思っていたのですが、藤井四段の才能がそうはさせてくれませんでした。)

 最近はNHKのニュースや民放のワイドショーなどでも頻繁に取り上げられる藤井四段。将棋界に半身を置くものとしては、不思議な感じがします。将棋の話題がこんなにたくさんマスメディアに取り上げられるなんて。ところで、そもそもなぜこれほど話題になっているのでしょうか。簡単に振り返ってみたいと思います。

・史上最年少でプロ棋士

 第一の注目ポイントとして14歳2か月という史上最年少でプロ棋士になったことが挙げられます。それまでの最年少記録は加藤一二三九段の14歳7か月でしたが、この記録を62年ぶりに更新しました。また藤井四段は史上5人目の中学生棋士でもあります。先輩の中学生棋士4人はみな、名人位か竜王位を獲得するトップ棋士になっています。帰納的に考えても、藤井四段は活躍が約束された特別な存在です。

・デビューから18連勝中

 しかし、史上最年少棋士というだけでは話題は将棋界だけにとどまり、世間を賑わすほどにはならなかったと思います。これほどまでに取り上げられるようになった要因として、もう一つ、デビューしてから勝ちまくっていることが挙げられるのではないでしょうか。なんと藤井四段はデビューからここまで負けなしの18連勝中です。これまでのプロデビューからの最長連勝記録は10連勝で、それを大幅に更新しています。また「デビューから」という条件を含まない連勝記録としても、18連勝は歴代7位の長さ。ちなみに歴代最長連勝記録は28連勝で、この記録にどこまで迫るかにも注目です。

・炎の七番勝負

 また、彼が注目を集めているもう一つの要因として、AbemaTVで放送された非公式戦「藤井聡太四段 炎の七番勝負」があります。これは(世間で話題になる前に)将棋界における彼への大きな注目を受けて考案された、トップ棋士7人と藤井四段が対局するという企画です。対戦相手となった7人の棋士には、将来が有望視されている若手や、順位戦A級に所属するトップ棋士、そして史上最強の棋士羽生善治三冠が選ばれ、まさに実力者揃いでした。この7番勝負で藤井四段は6勝1敗の好成績を挙げます(上記のように、この7番勝負は非公式戦なので、ここでの1敗は公式データには含まれない)。特に羽生善治三冠に勝ったのには、誰もが驚きました。ここまで強いとは、と(個人的に、「羽生善治に勝つ中学生」ってものすごいパワーワードだと思います)。

 以上のように、史上最年少棋士という肩書と、底知れぬ実力が相まって、これほどまでメディアに取り上げられるようになったと考えられます。

 では、彼の強さの秘密はどこにあるのでしょうか。私は、プロ棋士とはレベルが違いすぎてプロの将棋を分析することなど困難なアマチュアですが、それでもアマチュアなりに考えてみたいと思います。

 一番に挙げられるのは終盤の強さだと思います。

 終盤の強さを客観的に測るのは困難なのですが、詰将棋という、終盤力とかなりの相関のある分野の能力を見れば、ある程度の測定はできます。詰将棋とは「が配置された将棋の局面から王手の連続で相手の玉将[2]詰めるパズルで、元は指し将棋(詰将棋と区別する上でこう呼称する)の終盤力を磨くための練習問題という位置づけであったと思われるが、現在ではパズルとして、指し将棋から独立した一つの分野となっている。」(Wikipediaより)。ここにあるように、詰将棋は玉を詰ますパズルですので、その解答能力は、敵玉と自玉の詰む詰まないを素早く正確に読む必要がある将棋の終盤の強さと、かなり高い相関関係があると考えられます。

 詰将棋の具体例として、最も有名で簡単な問題を載せておきます。

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 攻め駒は盤上の銀と角、それに持ち駒の銀です。この3枚だけで相手玉を詰まします。攻め駒と盤上の駒以外のすべての駒は相手の持ち駒にあると考えるのがルールです。この問題の正解手数は3手、すなわち、自分が何かを指す、相手がそれに最善手で応じる、それに対して自分が指す、で詰みます。この詰将棋もそうなのですが、ほとんどの問題にはキラリと光る手が少なくとも一手あり(そういう手がなくただ駒を並べていけば詰むような問題は詰将棋としては駄作で「詰む将棋」とも揶揄される)、それを発見することが詰将棋を解く醍醐味の一つです。

 さて、詰将棋の分野においては、詰将棋解答選手権という大会が毎年開かれています。この大会は第1ラウンドと第2ラウンドに分かれており、各ラウンドの制限時間は90分、問題は5問ずつ難問が出題されます。順位は、解答の正確さ(1問当たり10点の配点、部分点あり)で競われ、同点の場合は解答タイムの速い者が上位となります。大会にはアマチュアからプロ棋士まで誰でも参加できます。アマチュアがプロ棋士に勝てるの?と思われるかもしれませんが、詰将棋は指し将棋とは独立した分野で、指し将棋は指さないけど詰将棋は好きというアマチュアもたくさんいて、そのような人の解答能力はかなり高いです。実際に、過去にアマチュアが優勝したこともあります。

 この詰将棋解答選手権で藤井四段はなんと現在3連覇しています。トップ棋士詰将棋専門にやっているアマチュアがたくさん参加している中で、です。初優勝したのは一昨年の第12回大会、まだプロ棋士になる前の小学6年生の時でした(史上初の小学生優勝)。将棋界で彼が本格的に注目され始めたのは、このころからだったと思います。3連覇するだけでもすごいのに、さらに彼はダントツの成績で優勝しています。特に昨年の第13回大会での成績は圧倒的でした。

 第13回大会で藤井四段は、第一ラウンドの5問を所要時間20分で全問正解しました。2位の人でも54分かかっていて、ほとんどの参加者(多くのプロ棋士を含む)は制限時間の90分をかけても全問正解できずにいる中で、です。この数字は次元が違います。

 詰将棋の圧倒的解答能力を見ると、指し将棋での終盤の強さも飛び抜けていると考えられます。終盤力は間違いなく彼の武器の一つです。

 彼の将棋の強さには、終盤力の他に、リスクを恐れないことが挙げられます。これは局面を用いて説明します。

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 これは今月18日に行われた加古川清流戦の竹内四段戦の終盤の局面です。今、先手(下側)の竹内四段が▲5二金と打った局面です。この局面までの流れを振り返ると、長い中盤戦を経て藤井四段がやや抜け出したが竹内四段も離されないように付いていて、図の局面ではほぼ互角の形勢、竹内四段の嫌らしい食いつきに藤井四段はどう対処するかというところです。加古川清流戦は持ち時間が少なく、この時すでに両者1分将棋(一手60秒以内に指さないといけない)に入っていました。

  秒読みに追われる中、藤井四段はここで驚愕の1手を指します。それは△1五歩。竹内四段に攻めつかれて自玉が危険な状況で、攻めの一手を指しました。しかもこの攻めの手は(確かに攻める上では一番急所の手ではあるが)特別に速いわけでも受けにくいわけでもありません。つまり藤井四段は、だれがどう見ても危ない自玉をギリギリで凌ぎながら敵玉を討つことができる、と見切ったわけです。この見切りはただならぬことで、はたしてプロ棋士の中に1分将棋でこの局面を前にして攻めの手を指せる人がいるでしょうか。

 あまりにリスキーで衝撃的な一手だったため、ネットではこの手の善悪を巡る議論が起こったそうです(実際にはやはり危険で悪手だったらしい)。しかし、この手は善悪という基準で扱うような手ではありません。そのような基準を超えた、この手を指したこと自体が問題となる手なのです。

 つまり100人中100人が自玉が危険で受ける必要があると判断する局面で、受けずに攻めの手を指すことができる、この能力が問題なのです。そのような手を指すには、並外れた終盤力はもちろんのこと、それに加えて自分の読みへの絶対的な自信とリスクを恐れないメンタルが必要だと考えられます。この後者二つを持ち合わせている人間はそう多くないでしょう。私は、将棋界では藤井四段の他には一人しか思い浮かびません。藤井四段が本局で見せたような見切りと踏み込みをときどき見せる史上最強の棋士羽生善治三冠です。

 羽生三冠と言えば、将棋界のほぼ全ての記録を更新し続けている、間違いなく史上最強の棋士です。その強さの秘密は、盤上の技術だけでなく、メンタルの強さも兼ね備えているところにあると思われます。そして、上に挙げた将棋から、藤井四段もそれと同様のメンタルをそなえていることが明らかになりました。そう考えると、藤井四段は、羽生三冠と同等の記録を残し、あわよくば超えていける能力を秘めていると思います。 

 以上、藤井四段の強さについて分析してみました。

 上記のように藤井四段は現在18連勝中ですが、これだけ勝ちまくっていると、各棋戦で上位に進出しはじめています。たとえば竜王戦ではランキング戦の決勝にまで勝ち上がっていて、今月25日に行われる決勝戦に勝つと本戦に進出、そこで勝ち上がればタイトル挑戦です。さすがにそこまで行くとは思えませんが、決して夢物語ではありません。

 一方で、他のプロ棋士の方もこのまま黙ってはいないと思います。現在18連勝中とはいえ、トップ棋士との対局はまだ少なく、トップ棋士とたくさん対局するようになってからどこまでの成績を残せるかはまだわかりません。「炎の七番勝負」ではトップ棋士相手に好成績を収めましたが、非公式戦ということもあって対戦相手は様子見をしていた印象が強く、本気で負かしに来ていたら違った成績になっていたと思います。これから棋譜がたくさん残り、たくさん研究されていったときにどれだけ勝てるか、見物です。

 と書いたものの、私はこれからも破竹の勢いで勝ち続けると思います。もちろん負けもするでしょうが、相当の高勝率を上げ続けると思います。現時点でこれだけ強いのに、若さを考えるとまだまだ伸びて手が付けられなくなると思われるからです。

 これからも藤井四段に要注目です。

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『総合的研究』シリーズ~オススメ高校数学参考書~

 高校数学を復習したいと思い、受験生の時に買った『本質の研究』シリーズを改めて読んだ。これは現在は『総合的研究』シリーズに改訂されているものである。

 

 この本は理論解説と問題演習から成る。著者曰く、理論解説は、少し固苦しい教科書調の説明と、著者が講義しているような少し柔らかい数学の<心>の解説から成る。この数学の<心>の部分が本書の最大の特徴であり、教科書調の説明だけでは難しい各分野の有機的な理解を可能にしている。また、問題演習部分は、チャート式などとは違って頻出問題の網羅を目的としておらず、理論解説の理解を補助するためのものであり、数が限られている。

 本書に取り組むうえで注意したいのは、その難易度である。本書の最大の特徴である、数学の<心>の解説の部分は、決して平易に書かれているのではない。むしろ高校参考書としてはかなり難しい。これはわかりにくいという意味ではない。読み手に読解力と論理的思考力を要求するという意味である。

 たとえば、ある定理を導き出す場合に、その方法が複数ある場合には、簡単に理解できるものではなく、多少難しくても論理的に本質的なものを用いている(この本の題名にある「本質」は、「数学の本質」というより高校数学における「論理的本質」を指していると思う)。そしてそれゆえに、その導出を理解することで、その定理が何を意味しているのか、どう応用できるかを理解できるようになっている。この点で、本シリーズは非常に優れている。

 私は、受験を終えてから読んで初めて、その素晴らしさに気がついた。受験生時代は読解力と論理的思考力が不足していたために気がつかなかった。

 高校参考書としては、かなり読み手を選ぶ参考書だろう。いったいどれほどの高校生が、この本を必要とし消化することができるだろうか。思うに、東大、京大、国公立医学科以外ではこの本のレベルまでは必要とされない。この本を読まなくても十分に合格点を取ることはできるだろう。東大、京大、一部医学科を目指すなら必要かもしれないし、そこを目指す高校生なら内容を消化できるかもしれない。しかし、そのような高校生の多くは、学校や塾などの授業で本書と同様の内容を教えてもらえるだろう。そう考えると、本書を必要とする高校生は少ないように思える。強いてあげれば、東大京大を目指している数学が得意で受験勉強にも余裕がある高校生だろうか。

 私は、一通り高校数学を学習したことがある大学生や社会人が高校数学を復習するのにこそ、本書は最適であると思う。なぜなら、一度高校数学をやっていれば本書を消化しやすくなるからだ。そして、消化できさえすれば、高校数学の各分野を有機的に繋げて深く理解することができる。本書は分厚いしそんな時間ないよ、と思うかもしれないが、復習する者にとっては書かれている内容は一度学習したことがあることなので、スラスラと読み進めることができる。時間対効果は悪くない。

まとめ

・『本質の研究』シリーズ(『総合的研究』シリーズ)は高校数学の各分野の有機的で深い理解を可能にする良書

・しかし、その難易度ゆえに、本シリーズを必要とする高校生、受験生はごく少数だろう

・高校数学を学びなおす大学生、社会人にこそ本シリーズは最適である。

 

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 総合的研究 数学I+A

【他の高校参考書紹介記事】

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南禅寺~蹴上インクライン~大文字山~哲学の道歩き

 今日は天気が良かったので大文字山周辺を散歩してきました。

 当初は愛宕山に登ろうと思っていたのですが、登山口までのバスを調べてみたら改正で本数が激減しており、以前と比べ乗り換え回数がプラス一回、運賃が2倍になっていて、ちょっと行く気がしなくなり。あそこは安く簡単に行けるのが良かったのに。

 【前回の愛宕山登山記】

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  予定変更で大文字山周辺を歩くことにしました。

 まず向かったのは南禅寺

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 とてもいい雰囲気。ただ、今日は休日だからか人がいっぱい。人が少ないときに静かにゆっくりと過ごしたくなるような場所です。

 これは境内にある水路閣

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 琵琶湖疎水の分線で京都市街北部へと水を供給しているらしい。

琵琶湖疏水(びわこそすい)とは、琵琶湖の湖水を京都市へ流すために作られた水路疏水)である。

 琵琶湖疏水は、第1疏水(1890年に完成)と第2疏水(1912年に完成)を総称したものである。両疏水を合わせ、23.65m3/s[1]滋賀県大津市三保ヶ崎で取水する。その内訳は、水道用水12.96m3/s、それ以外に水力発電灌漑、工業用水などに使われる。また、疏水を利用した水運も行なわれた。水力発電は通水の翌年に運転が開始され、営業用として日本初のものである。その電力は日本初の電車京都電気鉄道、のち買収されて京都市電)を走らせるために利用され、さらに工業用動力としても使われて京都の近代化に貢献した。水運は、琵琶湖と京都、さらに京都と伏見宇治川を結んだ。」(Wikipediaより)

 水路閣上部。

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 現在も水が流れています。

 水路閣を見たことに満足して、次なる目的地、蹴上インクラインへと向かいました。

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琵琶湖疏水京都大津間の輸送を用途の一つとしていたが、落差の大きい場所は船が運行できないので、台車に船を載せて上下させるインクラインで運行していた。

蹴上インクラインは蹴上船溜りと現在の琵琶湖疏水記念館前の南禅寺船溜りを結ぶ延長640メートル、敷地幅22メートル、勾配15分の1の路線で、運転用の巻き上げ機蹴上発電所電力で運転した。通過時間は10分から15分だった。」(Wikipediaより)

 台車と、当時使われていた船の模型。

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 こんな設備があったなんて知らなかった。京都の水の流れをたどる旅などをしてみると面白いかもしれませんね。

 さて、インクラインを見てまた満足し、次は大文字山へと向かいます。大文字山はもう何回も登っているし、特に登る必要性もなかったのですが、運動不足にならないようにということで。

 蹴上インクラインのすぐ隣に蹴上登山口があり、そこから登ります。このルートは初めてなので、ワクワク。

 登山道入ってすぐに日向大神宮があります。登山道は境内を通っており、先に進むには境内にお邪魔することになります。

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 ちょっと何を撮りたかったのかわからない写真しかないのですが、境内は清閑としていていい所でした。

 木の根っこがすごい道。

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 このルートは他のルートに比べると山頂までの道のりが長いので、傾斜が緩やかな部分が多かったと思います。

 途中から道がきれいに整備されていてびっくりしました。

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 しかし、この道がちょっとした落とし穴だった。歩きやすいやんウェーイ、とほいほい歩いていたのだが、なかなか山頂に着かない。どうやら、この道は山頂に行くのとは別ルートで、どこかで山頂ルートへと分岐しなければいけなかったらしい。

 それで来た道を戻って、YAMAPも頼りにして探した山頂へと向かうルートへの分岐が、下の写真の3本の木に赤いひもが巻いてあるところ。

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 こりゃ気づきませんわ。近づいても道がはっきりとあるようには見えなくて、わかりづらい。

 恐らくここのもう少し前に山頂ルートへのわかりやすい分岐があって(二つ上の写真の左側とかそれっぽい)、そこでそちらへ入るのが一般的なのだと思います。ただ確認はしていないので、もう一回行ってみないと断言できませんが。

 今回は上記の三本木のところから山頂ルートに合流しました。そこから山頂へはすぐでした。

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 山頂から。京都市街は霞んでいました。黄砂の影響?

 さて、もう大文字山には通いなれたので、早々に下山。今回は銀閣寺口へ。

 下山後は哲学の道をちょこっと散歩。 

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 この道にそって流れている水路は、まさに南禅寺水路閣の延長です。あの水が哲学の道に沿って流れ(時系列的にはこの分線の流れに沿って哲学の道を整備したらしい)、その後すーっと京都市街北部へと流れて行っている。やっぱり京都の水をたどる旅、面白そう。

 さて、今回の登山部分のルート、活動記録など。

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 特筆すべきことはないですね。山頂付近で来た道を引き返しています。

 全体を振り返ってみると、京都ってやっぱり様々な歴史がある街で、興味さえ持てば歩いていて飽きない街だと思いました(もちろん他の街もそうだとは思うのですが、京都は特に歴史が現に残っているのではないでしょうか)。この街にいるうちに、もっといろんな場所を歩き回りたいです。