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生物と無生物のあいだ【書評】

生物学

生物と無生物のあいだ 講談社現代新書 2007年発行

 

著者

福岡伸一

1959年生まれ。京都大学農学部卒業。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。ロックフェラー大学研究員、ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授。専攻は分子生物学

目次

プロローグ

第1章 ヨークアベニュー、66丁目、ニューヨーク

第2章 アンサング・ヒーロー

第3章 フォー・レター・ワード

第4章 シャガルフのパズル

第5章 サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

第6章 ダークサイド・オブ・DNA

第7章 チャンスは、準備された心に降り立つ

第8章 原子が秩序を生み出すとき

第9章 動的平衡とはなにか

第10章 タンパク質のかすかな口づけ

第11章 内部の内部は外部である

第12章 細胞膜のダイナミズム

第13章 膜にかたちを与えるもの

第14章 数・タイミング・ノックアウト

第15章 時間という名の解けない折り紙

エピローグ

 所感

 これは多層的な本である。

 「生命の定義」が基層であり、その上に、分子生物学の基礎知識、生命科学発展の歴史、その発展の歴史上重要な役割を担った研究者とその研究内容、分子生物学研究における様々な技術、著者のアメリカでの研究と生活、世界中で繰り広げられている分子生物学の熾烈な研究競争など、複数の層が重なっている。

 生命とはなにか—この問いに対して20世紀の生命科学は、「生命とは自己複製を行うシステムである」という答えを提出した。本書ではまず、この答えが提出されるまでの過程、すなわち自己複製という概念の成り立ちについて述べられている。そして、筆者はこの記述は生命の本質を定義するのには不十分であると考え、より本質に近い記述を考えようとする。そのために、シュレーディンガーの著作「生命とはなにか」を引用して、原子のふるまいと生物の本質との関係を述べると、次いで生物内の原子の流れの可視化を試みたシェーンハイマーの実験へと言及する。そしてシェーンハイマーの実験結果から「生命とは動的平衡にある流れである」という考えを提出する。その後、動的平衡の特性を述べながら、それに時間軸(生物の一回性)の概念をプラスし、生物の神秘性(人為的操作の不可能性)に帰する。

 生命科学の発展に貢献した人物についての記述では、基本的に、その人物に対してその分野を専門としない一般人が持っているであろうイメージとは違う側面が強調して書かれている。一般人のそのようなイメージを形作ったであろうマスメディアや自伝、暴露本などによる情報の偏りを、埋め合わせようとしている。偉大な業績のイメージばかりが先行する研究者に関しては負の側面が述べられ、素晴らしい発見をしたにもかかわらず正当な評価をされなかった研究者に関しては、その業績の重要性や優れた人柄について記述されている。前者の例は野口英世やジェームズ・ワトソンであり、後者の例はオズワルド・エイブリーやロザリンド・フランクリンである。

 また、それらを読むと、筆者のそれら人物に対する好悪も垣間見られて面白い。特にロザリンド・フランクリンには強い同情を抱いているのが感じられるし、ルドルフ・シェーンハイマーには愛着や敬意を抱いているようだ。

 分子生物学の基礎的な専門知識、すなわちDNAの構造や遺伝子発現の仕組み、細胞内情報伝達の仕組み、様々な実験手法などについても、極々簡単に踏み入っているが、わずかでも難しいところは巧みな比喩による説明が添えられているので、楽に理解できる。新しい免疫入門 の記事でも似たようなことを書いたが、専門知識がない人が拒絶しやすい、いわゆる「理系」学問の内容を、平易に説明することができる筆者は大変貴重だと思う。

 「生命とはなにか」という問いの答えに近づこうとしながら、同時に分子生物学のあらゆる要素について語っている濃密な書である。万人にお勧めできる。

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