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昨日の登山について

 昨日の大文字山登山では不思議なことが起こった。それは、登山前も登山中も痛かった膝から登山後に痛みが消えたことだ。

 本来、膝が痛いのに山に登るなんて愚かなことだが、11月下旬に痛めた膝がずっとよくならずイライラし、(大文字山なら多少痛くても登れるだろう、ストレス発散だ!)と思って暴発気味に登ったのだった。

 昨日は、大学から吉田山を超えて法然院に向かい、そこから大文字山へと入った。

 吉田山は高々100メートルほどの山だが、ここを登っている段階で早くも膝の痛み増し、(これは大文字山はきついかもな)と思った。それでも、半ばやけ気味になっていたわたしは、多少悪化してもいいやと、痛みを無視して歩みを進めた。

 法然院に着いたら、登山道に入る前に寺院内を少し散策した。そこは平坦な道であったが、悪化したのであろう膝は痛かった。しかし、院内はとても静かで鳥のさえずりだけが聞こえるような落ち着いた雰囲気で、癒された。間もなく膝は謎の回復を迎える。

 法然院散策後、いよいよ登山道へ入ったが、今思うとこのころには痛みのピークは越えていた。そして不思議なことに、登り始めて間もなく、気がつくと痛みがなくなっていた。「大」の字についたころには、違和感すらほとんど無くなっていた。(やった!俺は山の子だ!登山で痛めた膝を治すのには登山が一番だ!)などと意味不明なことを心の中で叫びながら喜んだ。

 下りは膝への負担を考えて、傾斜の緩い登山道を選び銀閣寺口へと向かった。太ももの筋肉を使って極力膝に負荷がかからないように下ったが、それでもやはり途中で膝が痛み出した。(うーむ、やはり痛み出すか。さっきまで痛くなかったのはアドレナリンが出てたからにすぎないのか?)などと思っているうちに下り終わり、平坦な道に出た。

 すると嫌な痛みはまた消え、歩きすぎたときに膝に感じる痺れのようなものだけが残った。それはこれまでの登山でも下山中やその後に感じたことがあるもので、痛めているのとは明らかに感覚が違う。登山前に平坦な道を歩いていても痛みを感じることがあったわたしは、今回の登山で膝が悪化したのなら、平坦な道を歩いていても痛むはずだと思っていた。それが今登山を終え歩いていても痛くない。この事実にわたしは再び喜んだ。ただ、低山とはいえ登山をして普段と感覚が変わり、一時的に痛みを感じなくなっているだけの可能性もある。全ては寝て起きた明日の調子次第だと思った。

 そして今日、起きてみると膝の調子が良い。まだ万全とは言えないが、少なくとも登山前よりは良い。いったいどうしてこのような結果になったのだろう。登山では確実に膝に負荷がかかっており、痛みが弱くなるとは考えづらい。原因は不明だが、なにはともあれ、いつまでも良くならなかった膝に回復の兆しが見え、わたしはいま大喜びなのである。

 ところで、わたしが膝を痛めた最大の原因は、誤った(身の程をわきまえない)トレーニングだったと思っている。自分はもう若くないのだという意識が足りなかった。小学生の頃のように、どれほど走っても飛び回ってもどこも痛くならないと思っていたのだ。いやはや、歳は取りたくないものである。

 ここ2週間はほとんどトレーニングをせず、膝の回復に努めてきた。そして少なくとも今月中は、登山以外の運動は最小限にするつもりである。完治後のトレーニングメニューはまだ考えていないが、同じ過ちは繰り返さないようにしたい。