藤井聡太四段対澤田真吾六段戦

 いま世間を賑わしている将棋のプロ棋士藤井聡太四段。このブログでも2回取り上げました。 

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 今回は藤井聡太四段が20連勝を決めた澤田真吾六段との一局について分析していきます。将棋を知らない人でもなんとなくわかるように、できるだけ簡単に書いてみようと思います。

 いきなりハイライトから見て行きましょう。下図(第1図とします)。

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 先手(下側)が藤井四段。今後手の澤田六段が△67同ととしたところ。この局面、藤井四段は非常に追い込まれています。というのも、先手玉は部分的に「必至」なんですね。ここで将棋用語を確認しておきましょう。

 まず「詰めろ」について。これは「もし受けなかったら次に詰みますよ」という状況のことを言います。たとえば下図。

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 この局面は上の玉に「詰めろ」がかかっています。もし下の手番だったら▲52金と打って詰みです。このように、もしなにも受けなかったら次に詰みますよという状況が「詰めろ」です。ですからこの局面でもし上の手番だったら、詰めろを防ぐために自玉を受けますよね。たとえば△52金とか△42金とか、あるいは△52歩でも詰めろを防ぐことができます。次に詰む状況、これが「詰めろ」です。

 将棋界には「詰めろ」に似た意味の用語があります。それは「必至」です。これは「受けがない詰めろ」のことです。たとえば下図。

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 この局面、上の玉には「必至」がかかっています。というのも、この玉には▲41金と▲61金の2通りの「詰めろ」がかかっているのですが、それを同時に防ぐ手立てが無いからです。どう受けても次に詰まされてしまいます。このように詰めろの中でも特に「受けのない詰めろ」のことを「必至」と言います。集合的に言いますと、「必至」は「詰めろ」の部分集合ということになりますね。

 上の例は部分的な局面でしたが、実戦においては、自玉に必至を掛けられたら、基本的に相手玉を詰ますしか勝ち目がありません。だって自玉は次に詰まされてしまうのに受けがないのですから。残された手段は相手玉を詰ますことしかないわけで、詰ますことができれば勝ち、できなければ負けなわけです、基本的に。

 では、ここで改めて藤井四段の実戦の局面を見てみましょう。もう一度第1図を載せます。

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 藤井四段(先手)の玉には△78とや△78銀、△68とからなど様々な詰み手順があり、それらを全て同時に防ぐ手段はなく部分的には必至です。となると残された手段は敵玉を詰ますことしかないように思われます。しかし、藤井四段もかなり持ち駒が多いのですが、後手玉はギリギリ詰みません。

 自玉は必至、敵玉は不詰み、では藤井四段の負けか、というとそうとも限らないことところが実戦の面白いところです。自玉が部分的に必至な時は基本的に相手玉を詰ますしかないのですが、稀にそれ以外の手段が生じることがあります。それは王手の連続で敵玉を追いながら、自玉の必至を解くという手段です。上の局面で藤井四段はその手段を取り絶体絶命のピンチを切り抜けます。

 上図から▲33成銀△同玉▲34銀△44玉▲22角△33銀▲同銀不成△55玉▲32銀不成△64玉▲76桂△同金▲67歩と進み下図(第2図)。

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 手順を追えない方は第1図と第2図の局面だけ比べてみてください。必至のはずだった先手玉が、あら不思議、受かっています。この手順中に藤井四段がしたことは、王手の連続で敵玉を追い、その過程で77にいた金を76に移動させることにより自玉を受けやすくし(この時点で自玉は「必至」から「詰めろ」に変わっていた)、そして67にいたと金を取って「詰めろ」を防いだわけです。このように自玉が「部分的に」必至でも、敵玉をその近くまで追い、敵玉に王手をかけながら自玉の必至「部分」に影響を及ぼすことで、必至を消すことができる局面が稀に生じます。特に強い人はそういう手順も考慮に入れて読みを組み立てます。

 ところで、受けがない詰めろのことを「必至」というのに、どのような手段を取ったにせよ受けが利くのなら、そもそも「必至」ではないのではないか、という意見が当然生じると思います。たしかに、それはその通りで、受けが利くのなら厳密には必至とは言えないと思います。私が上で「部分的に必至」と書いてきたのは、先手玉の周りだけたとえば盤面の左下4×4マスだけを見た場合に必至という意味で、局面全体を考慮した場合には必至ではない可能性もあったからです。ただ、盤面全体を考えたときに厳密に必至かどうかを判断するのは難しいので、ここでは深入りしないでおきましょう。

 さて、ここで藤井四段の実戦(第1図)に戻ってみましょう。上に書いた意味での「部分的に必至」の局面です。ここから第2図に至る上の手順で、見事に自玉の受けを作った藤井四段でしたが、この手順中で澤田六段が間違えた可能性があります。そして、もし澤田六段が応手を間違っていなければ、やはり藤井玉の必至は消えず澤田六段が勝っていた可能性が高いです。問題の局面は下図(第3図)。

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 これは第1図から▲33成銀△同玉▲34銀△44玉▲22角△33銀▲同銀不成△55玉▲32銀不成△64玉▲76桂と進んだところです。実際の進行はこの▲76桂を△同金と取ったために▲67歩(第2図)と取られ先手玉の詰めろが消えたわけですが、この▲76桂に△75玉としていればどうだったか。その局面は後手の77の金が相変わらず先手玉の上部を押さえているため、先手玉は変わらず「部分的に」必至です(77に金がいる状態で▲67歩としてと金を取っても、△78銀で詰まされてしまう)。そして後手玉はどうかというと、かなり危ないですが、おそらく詰みはありません。そして先手としては後手玉に迫りながら自玉の必至を消す有効な手段もないように見えます。つまり、▲76桂に△75玉としていれば澤田六段の勝ちだったと思われます。

 なぜ、澤田六段は▲76桂に△75玉ではなく△同金としてしまったのか。それには様々な要因があると思います。まず、単純に△75玉の局面もかなり危なく見えること。そして時間の切迫。澤田六段はこのときすでに一分将棋(一手一分以内に指さないといけない)でした。最後に、藤井四段の圧倒的詰将棋解答能力。以前の記事で藤井四段の詰将棋解答能力は異次元と書きましたが、これはプロにとっても異次元なレベルなわけです。その藤井四段に王手王手で迫られたら・・・安全な手を選びたくなります。他には注目される中でのプレッシャーもあったかもしれません。そのような様々な要因が絡んで△76同金としてしまったのだと思います。

 こうして第2図まで進み、藤井四段はなんとか絶体絶命のピンチを切り抜けました。とはいえ、第2図もまだまだどちらに転ぶかわからない局面です。もしアマチュアの私がどちらかの代わりに指したら、あっという間に負けるような局面です。もう一度第2図を載せます。

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ここから△46角▲57銀△55桂▲56銀打△85飛▲46銀△78銀▲同玉△67桂成▲同銀△87飛成▲79玉△67金と進んで下図(第4図)。

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 再び先手玉に「部分的に」必至がかかりました。これを藤井四段は絶妙の手順で切り抜けます。そしてこの手順が勝利を決定づけました。

 第4図から▲55角成△75玉▲65金△85玉▲77桂△76玉▲75金△同玉▲65馬△84玉▲87馬と進んで下図(第5図

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 またしても敵玉を追いながら相手の竜を抜いて自玉を受けてしまいました。そして第5図となると、今度は先手玉は不詰み、後手玉には「詰めろ」がかかっており、しかも有効な受けが見あたりません。以下幾ばくもなく澤田六段は投了し、藤井四段の勝ちとなりました。華麗なる逆転劇でした。

 この逆転劇をリアルタイムで見ていた将棋ファンは大盛り上がりでした。「今年度の名局賞(最も優れていると認められた一局に贈られる賞)間違いなし」の声も上がるほどでした。また、本局は中継アプリのサーバーが落ちるほどの注目も集めました。そのような対局でこのような大熱戦を繰り広げた両対局者は本当に素晴らしいと思います。

 かつて羽生善治三冠が今回の藤井四段のような逆転勝ちを多くしたので、それに対して「羽生マジック」という呼称がつけられました。藤井四段の将棋にもそのような呼び名が付けられる日は遠くないかもしれません。

 さて、今記事では藤井四段対澤田六段の終盤戦について簡単に書いてみました。この一戦については(気が向いたら)もう一つ記事を書こうと思っています。では、それまで。

 

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