藤井聡太四段、27連勝。連勝記録まであと1。

 本日行われた朝日杯将棋オープン戦一次予選で藤井聡太四段が藤岡隼太アマに勝ち、デビューからの連勝を27に伸ばしました。いよいよ連勝記録歴代1位の28連勝にあと1勝まで迫りました。言葉にできない強さです。

 このブログで藤井四段について書いた最も新しい記事は、24連勝目を飾った対局に関するものでした。

 それからさらに3つ記録を伸ばしたことになります。その3局の中で最も印象に残った場面を、簡単に紹介したいと思います。

 今月15日に行われたC級2組順位戦瀬川晶司五段との一戦です。藤井四段が26連勝を決めた一局です。

 順位戦というのは名人戦への挑戦者を決めるリーグ戦のことです。A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組のリーグに分かれていて、一年をかけてそれぞれの組でリーグ戦を戦います。A級で優勝した棋士が、名人戦の挑戦者となり、新しくプロになった棋士はみなC級2組からスタートします。C級2組で上位3位に入るとC級1組に昇級、C級1組で上位2位に入るとB級2組へ昇級・・・という仕組みです。つまり、名人戦はプロデビューしてから挑戦者になるまでに最低5年はかかる特殊なタイトル戦で、それだけ格が高いタイトル戦でもあります。昨年度プロ棋士になったばかりの藤井四段は今回が初めての順位戦への参加となり、C級2組からスタートしています。15日に行われた瀬川五段との一局は藤井四段の順位戦初戦でした。

 対戦相手の瀬川晶司五段のことをご存知の方も、もしかするといらっしゃるかもしれません。実は瀬川五段に関しては12年ほど前にちょっと話題になりました。というのも、瀬川五段は一度奨励会を年齢制限で退会し、その後特例でプロ編入試験を受けてプロ棋士になったのですが、その試験が行われたのが12年前でした。

 瀬川五段が編入試験を受ける前は、そのような制度はなく、プロ棋士になるには奨励会というプロ棋士養成機関で勝ち抜かないといけなかったのです。瀬川五段もかつてそこに所属していましたが、あと一歩のところで年齢制限という規則により退会せざるを得ず、一度プロ棋士への夢をあきらめます。しかしその後、アマチュア大会に参加して何度も優勝し、優勝者の権利としてアマチュア枠でプロ棋戦に参加すると、そこでプロ棋士を相手に高勝率を挙げたのでした。それを受けて瀬川五段と親交のあったプロ、アマ将棋関係者が、将棋連盟にプロ編入の嘆願書を提出し、編入試験が行われることになりました。それに見事合格しプロ棋士になったんですね。

 それ以降、アマチュア枠でプロ棋戦に出場したアマチュアが、プロ棋士相手に高勝率を挙げた場合にプロ編入試験を受けられる制度がつくられました。これまでプロ棋士になるには奨励会を勝ち抜けるしかなかったのが、別の道ができたことになります。瀬川五段はそれだけ大きな変化を将棋界にもたらした棋士です。瀬川五段に関しては著書もいくつか出版されていますので、興味を持たれた方はぜひ。

 前置きが長くなりましたが、藤井四段と瀬川五段の一局の印象的な場面を見ていきます。この一局は藤井四段が中盤でリードを奪いますが、瀬川五段も粘り強い指し回しで簡単には土俵を割りません。そして終盤、ついに瀬川四段の粘りが実を結びます。下図。

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 先手が瀬川五段、後手が藤井四段です。いま後手の藤井四段が△87歩と打ったところ。藤井四段は瀬川五段の次の一手を見落としていたそうです。それは▲46桂。この手は次に▲54桂~▲55馬を狙っています。▲54桂と王手をかけつつ相手の55の桂馬を支えている54の歩を取り、王が逃げたら支えがなくなった55の桂馬を馬で取ろうという狙いです。後手の55の桂馬は先手玉の逃げ道をふさいでいる重要な駒で、後手としてはこれをただで取られる展開だけは避けなくてはなりません。したがって、後手としては先手の▲54桂をいかに防ぐかが上図で喫緊の問題となっています。

 重要な55の桂馬を取る狙いを持った▲46桂という手を見落としていたのですから、藤井四段はかなり動揺したに違いありません。実際、「▲46桂を見落としていて、負けにしたかと思った」というコメントを局後に残しています。

 私はこの時の両対局者の様子を中継で見ていましたが、▲46桂が指される前後で藤井四段の様子が明らかに変わりました。指される前はかなり余裕がある雰囲気で勝ちすら意識しているように見えましたが、指された後は耳がやや赤くなり前傾姿勢になり身体を揺らして読みに耽っていました。また、こんなはずでは、というような思いを感じさせる仕草も見られました。

 ▲46桂の局面を載せましょう。

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 次の▲54桂をどう受けるかが問題と上に書きました。受けること自体は簡単です、△63金、△63銀、△53金など。しかし正解は恐らく一つだけであり、しかもいずれの手も膨大な変化手順を含んでいます。幸いだったのは藤井四段がこの時点で持ち時間を多く残していることでした。順位戦は持ち時間が6時間と長いのですが、藤井四段はまだ1時間以上残していました。ここで時間を存分に投入して考えます。

 そして藤井四段は恐らく正解を指しました。

 上図以下△63金▲54桂△同金▲66桂△65金▲同銀△同銀▲55馬△88歩成▲64馬△53桂▲54桂△33玉▲55馬△34玉▲48金△56金(下図)まで。藤井四段の勝ちとなりました。

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 コンピュータに検討させたところ、先手が▲46桂と跳ねた局面は互角になっているようです。それに対し藤井四段も最善の△63金で応じます。それからちょっと進んで瀬川五段が指した▲66桂が最善でなく、再び藤井四段の勝ちになったようです。代わりに▲55銀なら互角の熱戦が続いていたようです。しかし、この時瀬川五段はすでに持ち時間をすべて使い切っており、秒読みに追われていましたので、ミスが出るのも仕方ないところ。以下は藤井四段が2度は逃がさず勝ちました。

 個人的には、藤井四段が見落としをしたこと、その後の対局姿勢の明らかな変化、そして優位をふいにしても崩れずに勝ち切ったことがとても印象的な一局でした。

 さて、こうして連勝を伸ばし続けている藤井四段、28連勝をかけた対局の相手は澤田真吾六段です。いつタイトルに挑戦してもおかしくない若手の実力者で、非常に手ごわい相手です。

 実は藤井四段と澤田六段は、藤井四段が20連勝目をかけた対局で当たっています。その将棋についてはこのブログでも取り上げました。

 対局内容の詳細については上の記事を参照していただきたいのですが、藤井四段は絶対絶命とも言えるほど追い込まれた将棋を逆転して勝ったのでした。藤井四段のこれまでの27戦の中で最も負けに近づいた将棋でした。

 澤田六段の立場からみると、勝ちを目前にして逃してしまった相手に、それ以降さらに連勝を伸ばしているところで再び当たることになります。しかも歴代最長連勝記録に並ぼうという対局で。これは燃えるでしょう。澤田六段は必勝を期して臨んでくると思います。

 対局は今月21日に行われます。めちゃくちゃ楽しみです!!

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